第11号
- かもとりごんべえ社
- 6月22日
- 読了時間: 10分
更新日:6 日前
「総括」は未だ出ず
西畠 良平
総てを問い直すべく
あらゆる色を塗り潰した
「ノンセクトラジカル」の旗を今も忘れない
公教育の「息苦しさ」を問い
制服や制帽、あらゆる学ぶ者の自由を束縛するモノに背を向け
高校の自治会さえ一次停止させた
あの情熱や実践
そして成し得なかったやるせなさを忘れない
掲げた真っ黒な旗の旗棹を強く握りしめ
大衆の訴える力を押し戻そうとする
ジュラルミンの盾の圧力を押し返した
握りしめた旗棹はともすれば
滑りそうになりながらも盾と拮抗する
しかし
その力は脆く潰えた
それは二泊三日から勾留延長を経て
二十三日間の冷却期間ではあるが
毎昼毎夜繰り返される
同じ質問と黙秘のくり返しに
自由への渇望はさらに強く熱っぽくなった
とどのつまりは
自由を渇望し
権力に楯突きながら
「連帯を求めて孤立を恐れず」
「力及ばすして倒れることは辞さないが、力尽くさずして挫けることを拒否する」
闘いの原点へと辿り着いたのだった
頭の中では
あの日叩き潰されたはずの
真っ黒な真っ黒な大きな旗が
今も風を孕んではためいている
この国 7 三嶋 善之
免許更新の日
高齢者は前を見ながら
後ろに進むから気をつけろ
落ち着いて運転せよ
係官は何度も注意した
どんなことがあっても歩行者を保護しなさい
横断歩道を老人がよろめきながら歩いてきたら
あなたは待ちなさい
じっと我慢しなさい
たとえ背後で黒い車が
はやくいけ おい はやくいけ
脅かされても勇気を持ち
人類を代表して弱者を護りなさい
久しぶりに高揚した
顔は老けたが
新しい免許証をもらった
帰り道は舗装工事中で
誘導員が旗を振り
車をさばいていた
急げ急げと催促しているが
ぼくは慌てない
人類の代表だから
目の前に
アスフアルトが湯気を立てて
これから枠の中に入れるようだ
甘そうな小豆のかたまり
羊羹は好きだ
練り羊羹
丁稚ようかん
白いのれんの大きな老舗
ああ思い切り食べてみたい
だが血糖値も心配だ
漉しあんも好きだ
粒あんはもっと好きだ
「最中」も「きんつば」も「ぜんざい」も
親はぼくを「雨風」だとあきれた
酒も羊羹も両方好きなのだ
誘導員は旗を振って
急き立てた
ぼくはおもむろにアクセルを踏んだ
車は前方に進み
しかし理由は不明だが
固まり始めた羊羹の中に
車は侵入していった
誘導員は口を開け
ああっあ
変な声を出した
何故だかわからない
曲がるところを直進したのだ
不意に ごんごん 屋根を叩かれ
我に返ったぼくは
全力で逃げた
こらあっマテえ
後ろから叫ぶ声
ぼくはダーテイ・ハリーのように
隣の街から逃げ帰った
アスフアルトが羊羹にみえる日
恐らく疲れているのだろう
それで疲れを取るために
久しぶりに
塩大福を買うことにした
この国 8
自動車学校の試験の日
バスに乗り遅れ
軽トラックの荷台に載せてもらって
試験場に駆け付けた
監督員はやさしい人ばかり
試験も見事に合格した
父はビルマから還って
闇の油を京都から若狭まで運んだ
琵琶湖に沿って
オート三輪は快調に走っていた
すると二人の巡査に停められた
摘発か困ったな
そうではなく
荷台に乗せてくれと頼まれた
振りむくと
二人の巡査は荷物の上で眠っていた
二人はひどく丁寧に礼を言った
助かった ありがとう
いや お互いに助かった
あの頃は
みんな疲れていた
大陸からの引揚も
南方からの復員も
巡査も国鉄も疲れていた
しかしシベリアはなかなか帰ってこない
鉄道九聯隊もなかなか帰ってこない
泰緬鉄道を作ったらしいのだ
この国 9
ストーンズ
ピンクフロイド
ビートルズ
クリーム
世界は長い髪
たった一度の青春だ
ぼくも負けてはいられない
床屋に行かず
胸まで伸びた髪を風になびかせて
さっそうと歩いていた
すると哲学的な雰囲気の凄みのある
本物が歩いてきた
ボブディランではない
反戦でもない
超現実主義でもない
頭が痒いのか
親子が
すれ違いに
お前も 勉強しないとああなるよ
わかった
子どもは素直にうなずいていた
田舎には本物はいない
ぼくは長髪をやめることにした
シャンプーも少しで泡が立ち
おまけに乾きがすごく早い
髪の毛が口に入らないから
カレーも味噌汁も楽だ
両手でかき分けなくても
前方が見える
あれから五十年経って
孫を背負う
背中の孫が「禿げあたま」と言った
思ったことをいうやつだ
若い頃伸ばしすぎたので
老年期に足りなくなった
孫に理由を聞かれたら
そう答えることにした
孫は頭頂部を正確につつく
その付近が薄いのだ
嫌になって
途中で孫を降ろした
この国 10
囲碁道場に行く
盤面真っ黒に
黒石を置けといわれ
わかりますか
君は弱い
力に差がある
わかりますか
まあいいさ
白い石などすぐに殺してやる
悲しいかな
急所を押さえられて逃げられない
敵は
赤子の手をひねるように
関節をねじる
ぼくは夢中で逃げる
敵は先回りして
待っている
三角形は近道だ
それは知っている
バランスよく
おだやかに気配りをする
どこかを犠牲にして
相手をはぐらかして
別の場所で稼ぐ
犠牲の上に成り立つ社会
そのものだ
昔の武将が好むはずだ
「どうです、あなた見えますか」
「あなたは、もう死んでいるのですよ」
にやりと笑う視線
寒気がした
先生 そういうことばかり言うと嫌われますよ
「あなたはもう死んでいる」なんてやめてください
死んでいれば、死んでいることはわからないはず
道場はやめる
その点パソコンはえらい
「あなたの負けです。ありがとうございました」
明るくて礼儀正しい
立派な人格者だ
最近は人間よりも尊敬している
この国 11
中学1年
友人と仲良く剣道部に入る
汗と涙がにじむグローブ
努力と鍛錬
剣には魂がこもっている
ぞうきんを堅く絞るように
竹刀を握ること
絞ると肘が中に
ほらこのように叩かれずに済む
ほらほら それでは
面が がら空きだ
小手 面 胴 ぱんぱん
小手 面 胴 ぱんぱん
さあ ここを狙ってみろ
さあ 打ち込んで
さあ かかってこい
思いきり突っ込むと
相手はさらりと受け流して
ぼくの右手はスパッと伐られて
頭も胴体もサヨナラしてバラバラ
敵は
急に横面「よこめえええん」と叫び
耳のあたりを横から
パシンと叩いて
どこかに消えてしまった
頭も半分になった
セミが鳴いている
しーー とセミが鳴く
体育館を出てランニング
袴を踏んで道路で転んだ
翌日 早々と退部届を出した
今日は竹刀を買う予定だったが
間に合った
坂本龍馬みたいなサムライはいないのか
ハンサムで「横面」を撃たない人
この国 12
強くなりたいから
空手教室に行く
外国人ばかりだ
師範に挨拶に行くと
君はどこの国と聞かれた
息切れしないようにね
おもいがけなく優しい言葉をいただいた
ぼくはアングロサクソンにみえるのだろうか
アフリカの人はみんな大きい
スイスは温厚で平和
そこでスイスの青年とペアになる
突き 蹴り 突き 蹴り
さあ始め
スイス人は まじめ
根回しのように
打ち合わせを入念にする
「キック・アンド・パンチ?」
ぼくは「イエス・イエス」「OK・OK」
向かい合って中段に構えた
右手で「突き」
次に「蹴り」のはずだが
スイスは違う
まずぼくの顔に相手の足の裏がぺたりとくっついた
自慢の鼻がつぶれたと思った
次に腹を殴って来た
たしかに「キック・アンド・パンチ」だ
だが違う どこか違うのだ
初対面で顔を蹴るとは
スイスは永世中立だが武装しているのだ
師範が笑顔でやってきて
スイスを「ベリーグッド」と誉めた
「君は駄目だ」と師範は言う
空手着を買ったのに
こうなったら「やり投げ」に転向だ
だが「やり」はまだ買わない
この国 13
英会話スクールに行く
英語を話せないと世界に通用しないという
アーロン収容所では
英語が使えない兵隊は
コンビーフも靴も貰えないぞ
ぼくに洋一郎と命名する予定だった父は
太平洋を渡る男になれと
しかし周囲に反対された
すでに兄がいたから
洋一郎はおかしい
洋二郎ならわかるが
英会話スクールの先生は
カナダバンクーバーから来たジョーンズ先生
Ship sheep seep と何度も繰り返したが
羊と船以外は見当が付かない
英語は英国のものだ
すると米国は米語だ
カナダはもっと北にあるから 北米語だ
教わるなら標準語がいい
英語はキングスと言う正統派だ
英国人が来るまで待つことにした
父は
インド人も英語がうまいぞ
グルカ兵も英語を話すぞ
と言った
腹が減って
ジャングルに寝て居ると
チャルメラの音が聞こえてきたから
死にかけていた兵隊は
がばっと起き上がった
それは英軍のバグパイプ
攻撃開始の合図だった
神戸の兵隊は
ああラーメン喰いたい
つぶやいて死んだ
この国 14
カクテル講座に立ち寄った
青い「ブルーハワイ」
透き通った「ドライマテーニ」
真っ赤な「血まみれマリ―」
国が違うと
名前が違う
日本酒は海と川
山と木だ
お神酒だから
金運転覆
慙愧無礼
怨念蹉跌
先手必勝
借金棒引
保険適用
再診外来
面従腹背
盗難予防
如是我聞
往復切符
臥薪嘗胆
こういう酒は無い
山や川が似合う
お神酒だから
この国 15
通夜に行く
親しかったおじいさん
老人会の仲間も来ている
腰を曲げて
神妙に合掌して
俺もすぐ行くからな
しんみり話しかけて
焼香して
ゆっくり祭壇を降りる
老人会は式場の入り口付近に集まって
笑っている
歳をとると
人の死など平気だ
ほらまた一人
笑いながら焼香を終えた
じつは
閉じた死者の眼から
青い芽が出ている
もみ殻が眼に入り
コロコロする
いつもそう呟いていた
その種が新芽を吹いた
シャーレに綿を敷いて
水をかけて発芽実験をした記憶がある
あれはもやしだったか
大豆だったか
高齢者は無礼だと思った
ただしこの通夜だけは
許す
この国 16
大相撲を見ていると
まわしが外れたら負けになると
昔聴いたことを思い出した
それは
「不浄負け」らしい
変なものをポロリと
並べると勝負は負け
神棚の前で
何も持たず
両手を開いて
相手と戦う国技だから
法令でポロリとこぼれると
負けになると決めてあるらしい
そのことがすごい
そういうことにしましょうよと
会議で決めた
提案者もえらいが
満場一致で笑顔で決めたなら
出席者も立派だ
しかもそれは
「もろ出し」ではない
問題は
この題材が「現代詩」であるか
どうかだ
この国 17
習字の日
硯を持って登校する
書き初めは「明るい子」である
稽古用には新聞紙を切って
紐で綴じて束ねて
表に自分で「そうし」と書く
歳とった親は「草紙」
じいちゃんは「さうし」
清書用に白い半紙を二枚くれる
稽古用の新聞紙が真っ黒になると
いよいよ半紙がもらえる
早く書きたいから「そうし」に
真っ黒になるまで墨を塗る
それでは書いた文字が見えないではないか
先生が注意して去る
この国 18
さあ
もう言うことはないか
これだけか
おまえのこれまでの
堆積物
浅薄で軽く
風になびいて
落ち着かない
ちぎれた小旗の動きに似ている
植樹記念の苗木はどうなっているだろうか
レントゲン撮影の小部屋
息を吸って
はい 止めて
白い壁の病院
何回受けただろうか
予防注射
白い二本の腕
青い血管
細い針の跡
発熱した夜の水枕は
寝返りを打つたびに
貸しボート小屋の
こわれた木製の椅子のような
変な音を立てる
台風の午後
雷雨と洪水
盆踊りやら初詣やら
にぎやかに海水浴場に集合する
ハーレー・ダビッドソン
さあ もう言うことはないか
この国の制度について
選挙とか
受験とか礼儀とか
この世とあの世の境について
今日も夕陽を見た
朝は生き物に水を与えた
ラジオ体操の帰りに
駆け足で追い越していった勤め人
みんなこの地上から
サヨナラしているはずだ
生きて死んで
だれもがそうなる
それは決まっている
さあもう言うことはないか
いまのうちなら
少しは聞いてあげよう
いまなら少し
聞く耳を持っている
いまなら
ぼくも少し
他人の痛みがわかるような
気がするのだ
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