第6号
- かもとりごんべえ社
- 2024年9月21日
- 読了時間: 4分
更新日:2024年10月29日
芥 西畠 良平
これまで積んで来た多くのモノを
ただ掘り出して撫で回しては 数え上げるようになったら それは
忘れられ朽ち果てていく 過去のモノでしかない
老いるということは そういうこと
ただ果てて行くことを 指折り待つこと そして
そこに未来はない
心は老いることがなくとも
錆び付いた心の箱の 過去の鱗を剥ぎ取ることが出来なければ 私は
鍵を手にしているたけで ただ滅んでいくだけなのだろう
叫び声を上げて
どんどん積み上げられ 厚くなっていく過去の壁に せめて
爪を立てて 抗うことから始めたい 今が
それが出来る最后のときかもしれない
それは爪を研ぎ始めるのではなく
生爪が剥がれても 絶対にしがみついて行くのだ
それしかない
この国 1 三嶋 善之
食品売場
缶詰の山が
ガラガラと崩れたから
アイスホッケーのゴール・キーパみたいに
脚を開いて
すばやく止めた
すぐに店員が駆けてきて
拾ってくれたけど
ありがとうしかいえない
缶詰あげたいけど残念でした
ぼくの手から
缶詰を取り上げて
言った
この国 2
自動車用品売場
若い男女が部品を選んでいる
種類と年式で部品が異なるが
カタログは複雑だ
彼らに説明してやろうと思う
僕は若い頃この車に乗っていた
恐らく店員よりも知識がある
外車は独特の癖があるのさ
男女はすぐに駆けていき
棚の向うで笑っている
あいつ何者なの
知らないよあんなの
と言った
この国 3
電気マッサージ機売場
この装置は並んでぼくを待っていた
ご自由にお試し下さい
「肩と背中たたきコース」がいいな
腰は後まわしにして
おや 隣に老婦人が座る
この人も長年の労働で腰が痛いのか
家のローンが終わり
さてぼくは自分の電源を入れる
スイッチを押した瞬間
ひえっ
隣の老婦人は声を出した
腰が動いている
老婦人は腰痛を忘れたみたいにぼくを睨む
まもなく亭主が駆け寄ってきたが
隣の椅子は停止しない
このスイッチは隣のスイッチだ
ぼくの椅子は動かないまま
店員がやってきて
今ならお得ですよ
と言った
この国 4
招待券をもらったから
前衛美術展に行く
ご自由に触ってください
若いやつらもなかなか
やるじゃあないか
気分はとても良いのだが
おなかが痛いのだ
昨夜は深酒した
モジリアニと愛人ジャンヌは
本当に可愛いそうだ
しかし腹が痛い
ちょうど美術館の奥に誰もいない
こらえきれず静かに
ガスを抜いた
するとまもなく
「ぎええ」
作品のうしろの幕から
ガマガエルが鳴いた
ピカソもダダも前衛だった
いまや古典だ
特にシュール・レアリスムは
ぼくはわざとフランス風に発音した
ぎゃははは ぎゃははは
幕の背後でガスを吸った学生アルバイトは
笑いが止まらない
笑気ガスというのがあるらしい
あれから日展の誘いがあったが
謝絶した
あの学生アルバイトが退職するまでは
行かない
この国 5
南青山の素敵なレストラン
高級ワインを飲む
おじさんはべらんめえ
おいらバクロウチョウの生まれだよ
飲みまひょうよ
ワインならなんでも知っているぞ
今年の右岸はどうだったか
ローヌ・ボーヌ・セーヌ
リヨン終着駅の話をしよう
店員がやってきて
パントライスは
いかがいたしますか
不意をつかれた
知らない単語だった
うろたえたがぐっと耐えた
ガーリックで
と命令した
ウエイトレスは無言で
引き下がった
調理室から
ぎゃはは ぎゃはは
笑い声が聞こえてくる
きっと笑っているのだ
ごはんとパン
どちらにしますか
そう聞いてくれれば
よかったのに
パンとライスなのに
フランスは手ごわい
コトノテンマツ 2
土師 尽
時節がら 30年前を思い出しました
車の中のカバンが盗まれたのです
車上荒らしと言うのでしたか
中学校のPTAで学校の玄関そばにある駐車場に軽自動車を止めていました
やっと終わったということで、せっせと自宅に帰ります
そして座席に置いたカバンをつかもうとしました
しかしその手は、まさしく空を切ったのです
なくなっていました
落としたかと考えて、あわてて中学校へ戻りました
付近を捜しましたが見当たらず
助手席のドアは開かず金属が詰まっていました
警察を呼びました
指紋など採取され、最近の窃盗グループの仕業てすねとのこと
カバンの中身は売上伝票 通帳 その他 現金はなし
多少のお金はよいが、伝票をなくしたのは痛かった
復元に 2週間はかかりそうだった
すると数日後警察からカバンが捨てられていたという連絡が
中身はなくなったものはなかった
しばらくして、通帳を記帳しようとして気がついた
明らかに犯人の手で記帳されていたのだ
ATMのカメラに映っているのではと思いついたのはずっと後だった
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